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松岡昌宏 ミタゾノ、来年1月誕生日で40歳!!

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11 /24 2016

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 人気グループTOKIOの松岡昌宏(39)が主演するテレビ朝日系「家政夫のミタゾノ」(金曜・後11時15分)が好調だ。先月21日スタートの初回に8・2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録し、以降も23時台のドラマとしては高い視聴率を維持している。松岡の女装が話題で、本人は「化粧するのも最近は楽しい」と、気分はすっかりミタゾノになっているようだ。94年にTOKIOとしてCDデビューして23年。来年1月に40歳となるが「40歳からがスタート、カッコいい親父(おやじ)になりたい」という。後輩からも「松兄ぃ」と慕われる素顔とは。

 松岡が演じる三田園薫は、男性でありながら女装しているワケあり家政“夫”。料理、洗濯、掃除など家事は特Aのスキルを持つ一方、派遣先の家庭事情を詮索し家庭崩壊させては再生させるという役どころで、ドラマでの女装は初めてとなる。

 「とっぴな役に魅力を感じました。誰かがやったり自分がやった役は、時として経験が邪魔になりますが、これは全くのゼロからのオリジナルだから面白い。初めてだから当然、生みの苦しみもあります。でも、どうやって次を見せようか、目線をどうしようか、いや~違うなって、悩んでいる時に役者冥利を感じます」

 主演という立場で番組を背負っている。常に視聴率という数字がついて回るが、逃げるつもりはない。

 「本音をいえば数字はすごく気になります。視聴率は関係ないとかいうやつは、主演やめた方がいいですよ。(笑い)。放送開始が遅いドラマだけど金曜夜だから子供も見られるし、その辺りのリアクションは楽しみ。おばさんたちからは『ミタゾノさんよね、家政夫でしょ』と反応もいいし、老若男女から『あっ、ミタゾノね』と言われたいです」

 ―女装メイクを自ら手掛けているとか。

 「化粧時間は15分ぐらいでしょうか。15歳の時に京都の結髪さんに『初めてやからやってやるけど、次からは自分でやらんといけんよ。役者さんはそんなもんやから』といわれて以来、自分でやってます。東山(紀之)さんは、まゆ毛の書き方を里見浩太朗さんに教えてもらったと言っていました。先輩から聞いた話を後輩へ継いでいくのも、僕らの役目と意識してます」

 素直な性格でどの世代からも愛されている。尊敬する役者は数多いが、松岡は先輩からのアドバイスを金言と受け止めている。

 「僕は本当に共演者の方に恵まれているんですよ。『夜王』(05年、TBS)の時、“かかり気味”の自分に(かたせ)梨乃姉が『マー君早い。まだいっちゃダメ』と。言われて、その通りだなと目が覚めました。(『ナースのお仕事2』などで共演した)長塚京三さんには、芝居以外のところで立ち居振る舞いを教わりましたし、神田正輝さんや北大路欣也さんらにもアドバイスをいただきました。それに渡瀬恒彦さんと中井貴一さんも。貴一さんにはデビュー前からよく飯を食わせてもらっていて、本当に困った時は相談に乗っていただいています」

 芸能界を意識したのは小学生の時だ。同い年で活躍するアイドルを見たのをきっかけに、なりふり構わぬ行動で道を切り開いた。

 「小5で初めて光GENJIを見て『こんな世界もあるんだ』と知りました。それから俺、毎日泣いてたんですよ、芸能人になれない自分に。夢ではアイドルになっているのに、起きたら普通に学校に通っているワケです。家庭環境がいい家でもなかったし、何か自分の存在価値みたいなものが欲しかったんでしょうね。その内に観月ありさ、香取慎吾が画面に出てきた。大人にならなきゃ入れないと思っていたから『同い年でも芸能界でやっていいんだ』って。もういくしかないと、お袋が読んでいた『女性セブン』に電話して、ジャニーズ事務所の住所を教えてもらって履歴書送りました」

 ―オーディションはどんな様子だった。

 「1989年10月26日、テレ朝の第一リハ室でした。ジャニー(喜多川社長)さんから『何か歌える』と言われ、ブルーハーツを歌ったら『後で連絡します』と。翌日に『ユーがいいと思った』と電話が来て、僕が『ユーって誰ですか』と聞いたら『僕はみんなにユーっていうんだよ』って。その場で『僕は松岡だからユーはやめてください』と言いました。しまいには『レッスンを受けて』と言ったジャニーさんに『レッスンはいいから光GENJIに入れてください』と。知らないとはいえ、ムチャなガキですよね。『ユー、狂ってるよ』って笑われました」

 ジャニーズJr.に加入しSMAPや光GENJI、そして少年隊のバックダンサーを務めながらデビューを待つことになる。

 「毎日が落とされないよう、必死でした。昨日まで一緒にバックで踊っていたやつが、一人また一人といなくなっていくので危機感はハンパなかったです。国分(太一)も山口(達也)も井ノ原(快彦)も坂本(昌行)さんもみんなそう。顔を合わせれば『誰々いなくなった』という話ばっかり。ドキドキしていると『こんにちは長瀬(智也)です。(堂本)光一です、剛です』と新しいのがどんどん入ってくる。そんな中で“TOKIO”って名前をもらった時はうれしかったです」

 94年にバンドのドラマーとしてデビューし、その年の紅白歌合戦にも出場。バラエティー番組にも進出し、お茶の間の人気者になった。先日、松岡は先輩のSMAP解散に触れ「残念だけど、僕ら後輩はプロフェッショナルとしての先輩の姿を見ていきたい」と唇をかんだ。TOKIOはメンバー同士の仲の良さは有名だが、デビュー23年ともなると意見の違いも出てくるという。

 「他のグループ同様、僕たちにもいろいろあります。デカい危機は3回ぐらい。やめるのは簡単だけど、みんな今じゃないと思ったんでしょうね。20周年の時に確認しました。僕らはテレビでも視聴率をいただいたり、周囲から『20年おめでとう』と祝福されましたが『自分たちはそんなにハッピーではない』とそれぞれが思っていた。だからここで話し合わなきゃいけないと。結果、“仲良く”をあまり意識すると疲れちゃうからやめようって。ただ分かっているのはメンバーの誰かがやめると言えば、TOKIOはやめるということだけ。僕の中ではボヤッと、ドリフターズみたいになれたらいいと思っています」

 来年1月に40歳になる。ドラマーや役者の顔を持つが、仕事同様に生きざまへのこだわりは強い。

 「自分は40歳からがスタートだと思っていたから早く年をとりたかった。ガキの時分を知っている人から『大人になって丸くなった』と笑われるけど、そんなことはない。自分の生き方は変わらないし変われない。仕事内容も大事ですが『松岡の親父、相変わらずカッコいいね』と言われるような年の重ね方をしたいです」

 豪放磊落(らいらく)に見えるが、礼儀正しく気配りにも隙はなし。その上、場の空気に合わせて気の利いた言動で立ち回れる。もっと自分を表に出せばと思うが、そこは彼の生きざまなのだろう。男前という言葉が似合う39歳だ。(国分 敦)

 矢沢永吉から聞かされたCDデビュー

 「CDデビュー前のTOKIOは、城島と山口が楽器で、俺と太一が踊りと2つに分かれていました。そこに長瀬(智也)が入って着地しますが、『俺たちデビューできるのかな』とビクビクしてました。そしたら『アリよさらば』(94年、TBS)でご一緒したボス(矢沢永吉)が『おめでとう。ソニー(からデビュー)だって。ん、あれ、知らないの。OK、聞かなかったことにしておいて』って。1週間後、マミー(メリー喜多川副社長)から正式にデビューを聞かされました」

 ◆松岡 昌宏(まつおか・まさひろ)1977年1月11日、札幌市出身。39歳。89年にジャニーズ事務所に入所し、ジャニーズJr.として少年隊やSMAPのバックダンサーを務める。90年に「愛してるよ!先生」(TBS)でドラマデビュー。94年にTOKIOとして歌手デビュー。97年「サイコメトラーEIJI」(日本テレビ)でドラマ初主演を務める。2004年に映画「ゴジラFINAL WARS」に主演。07年から必殺シリーズで経師屋の涼次役で出演している。趣味は水泳、料理。サウナ好きは業界でも有名。身長181センチ、血液型A。

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細谷

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